ヘンリー・ムア展 @ブリヂストン美術館
現代の彫刻家です。
結論から言うと、行くことをオススメします。強く。
玄人はもちろん、美術館やアートに興味の無い方も是非行ってみて下さい。
なぜか。
①芸術を見る目が身に付く。気がする。
②常設展もあるので展示は充実している。
私企業が持つ美術館なのに展示は充実してるし、入場料は安いし言う事ありません。どうやって経営がなりたっているのか不思議ですが(計上される支出はイカホド)、ブリヂストンのメセナに対する意識の高さがうかがえます。素晴らしい。
ヘンリー・ムア(イギリス、1898〜1986)について
Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリー・ムーア
彼の立ち位置としては(一概に分類的に割り切るのは良くないですが)、一般的にプリミティヴィズム(=原始への回帰)にカテゴライズできます。ジャン・アルプらから、構成主義や幾何学性とは対照的なアメーバのような質感を持ったシュルレアリスム的形態を継承しつつ、ゴーガンから端を発する原始に対する強い意識を主な主題とします。そして、もちろん戦争体験も大いに創作活動に影響を及ぼしたでしょう。
ちょっと説明を
- プリミティヴィスム:20世紀初頭のモダニズム運動は、絵画だけでなく彫刻にも大きな変革をもたらした。19世紀はロダンで概 括されるとすると、先の時代はルネサンス以来の西欧の伝統の線上にあると言える。しかし20世紀の彫刻に大きな影響を及ぼしたのは西洋の伝統もあるが、ア フリカ、オセアニアなどの原始民族の彫刻や仮面である(これらは植民地支配によってもたらされ、万国博覧会や民族学博物館などで紹介された)。加えて、表 現主義を意識し、自然に倣った形態を大きく逸脱し極端なデフォルメを加える。プリミティヴィズムとは一言で言えば、伝統的な価値観、固定観念、権威、制度 などとは関わりのない原点への回帰、萎えた文明の否定と力強い自然の生命の肯定にほかならなかった。(参考:『新西洋美術史』西村書店)
個人的に彼の作品から得た印象としてはこんな感じ。
崩されて抽象的な形。
だからといって伝わらない事は無い。
だからといって美しくない事は無い。
まー識者の方にいわせれば「何を当たり前なことを!」といわれそうですがw
ロダン《地獄の門》一部 1880〜(未完)、国立西洋美術館、東京 |
ロダンとかブルーデルのような作品は言うまでもなく主題が伝わる。言ってしまえばわかりやすい。写実的で即物的であるから自ずとメッセージ性が強い。これが19世紀的彫刻。
ジャコメッティ《歩くひと》 1960年、クレラー・ミュラー美術館 |
しかしたとえば、これ。20世紀の彫刻はこうなりまます。写実的でなく表現主義的で抽象的なのに、伝わるものは多いと思う。
歩いているという動作が、直球で伝わってきませんか。抽象的で現実を大きくデフォルメしてるからこそ表現できるのです。そして造形的にも美しい・・・というかっこいいw
まー一重に主観によりますが。げーじゅつなんて。しかしこうした視点を意識することで、藝術鑑賞が何倍にも楽しいものになるでしょう。好きな作品に出会える機会も増えるでしょう。この展覧会だと、このことが強く意識できるんじゃないかと思います。
(また例によって上の2点は本展とは全く関係ありませんw)
本展覧会のネタバレします。
構成としては
第一章 生命(いのち)のかたち
第二章 ストーンヘンジーー有機的なかたち
の二部構成になっています。
彼の作品は量感があり、存在感があって、単純なかたちの中に、力強いいのちを感じさせてくれます。
ヘンリー・ムア《ヘルメット・ヘッドNo.6》 ブロンズ、1975年 |
どうですか。これ。
ヘルメット=敵兵の銃弾などの攻撃から身を守るもの。
→繊細な「内部」をまもる頑丈な「外殻」
→外と内のモデル。子宮を連想させる。生命のはたらきをあらわすような造形。
彼の作品は生命の肯定や賛美につながる場合がおおい。そしてぼくは、そこが、本当に大好きです。
母と子の愛と絆を語る。しかもこのような抽象的な造形で。イイハナシダナー
意味内容を捨象して、造形のみに注目してみても美しい!
是非、実際にご覧になってください。
しかし、今まで抽象性を賛美するような文章をつづっていましたが、言っておきたいのはただ、単純化してかきたくれば芸術になるというような思考が横行するのは、許せないです。
抽象化の流れは当然そうした帰結を生むんですがね。
余談でした。
結論
①この展覧会は抽象芸術を見る目をやしなえる!
②ヘンリー・ムアの作品は・・・良い。
③しかし、内容の無い抽象は無為だ。
ぼく個人の近況
・iPadを購入しました!楽しい!
・美術品のディスクリプション(外観の記述)能力が欲しい!!
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