私は本論文を執筆するにあたり、初心に立ち返り揺るぎない地盤を認めてから筆を進めていきたい。なぜこの作家と作品を選んだかのプロセスを書き記すと共に、そもそものところ自分はなぜ美学美術史という学問分野を選んだのかということを明らかにしたい。執筆のモチベーションの所在を明らかにすることで、自分の学業を締めくくる本論文の意味もより大きくなるであろうと感じ、学問領域の選択の動機と執筆の動機を本論文の冒頭として序に変えたい。
ー美学美術史という学問専攻
私がそもそも美術作品の歴史を研究するという学問を選んだのは、本当に美術が好きということよりも他の理由があったように感じる。両親が美大出身であり、世界有数の美術作品の集まる都市東京に過ごし、幼少の頃より様々な古今東西の美術作品に触れる機会が十分にあった。確かに今まで心打たれるような芸術作品を数多く目にすることがあったし、贔屓の画家もいることは確かで、一般水準よりは絵画芸術を好きで美術展に頻繁に足を運ぶ。しかし、特定の画家を研究したいという熱意に駆られてこの学問を専攻した訳ではない。
そもそも歴史学と哲学の中間にある美学美術史という学問に不利な点は確かにある。第一に経済的に富を生み出さないのは言うまでもなく、「人間が豊かな生を享受する」ためには少し遠回りのアプローチをする。第二に、学問それ自体に新規性は無く方法論は新興の学問に比して古典的である。第三に美術作品の享受のあり方は人の感性によって多様であり、真の芸術作品の享受にとって美術史の知識は弊害にもなり得るという決定的批判もあろう。
しかしながら、この学問には、「一見意味の無いと思えることに意味を見出す」という重大な使命があると私は感じる。私が惹かれたのはその点である。重ねるが、私は固有の画家を研究するためにこの学問を選んだのではない。ある対象に対して、主観に依拠していようとも一定の価値を見出して、それを評価した上で、研究を行い、論理の体系として、万人が共有できる解釈や価値を創出する。この課程は、 もともとも何かについて議論を交わしたり論評することは好きであるという性格も相まって、 自分の気質に合致し、非常におもしろく感じる。
私は、一見無秩序なものに自分が視座を与え、それを第三者に届け、楽しませたり知的好奇心を芽生えさせる能力を養いたいと今でも考える。そう志向した時に、美学美術史という学問は、「価値を見出す」という目的性においては最も純粋な学問であると感じる。
ーフリードリヒという画家
少なくとも私にとっては、フリードリヒを研究し、論じることは、他の作家に対するよりも格段に面白いのである。これが動機であると言ってしまえばあまりに稚拙であろうか。 フリードリヒの生きた時代はドイツ文化の爛熟の時代であり、また政治的激動の時代である。そしてフリードリヒにおいても知的好奇心を満たしうるパーソナリティと彼の作品にまつわる数奇な歴史があり、そこには手に汗を握るようなドラマでさえあると私は考える。誤認された絵画解釈、神秘性と政治性の交錯、同時代の偉人との交友関係など、一つ一つのエピソードがまさに感情を鼓舞するよう刺激に満ちている。客観的に分析すべきモノや歴史自体に対して主観的感情を混ぜてしまうことは危険かもしれない。しかし、彼の芸術の歴史を「発見」し、「研究」し、「伝える」プロセスはそれだけ魅力に満ちたものであった。
フリードリヒは風景に象徴的意味を込めて主題を明確に示した。時には風景画の主題に「神」という最も極端な意味内容を託したために物議を醸すこともあった。彼の絵は、画家独自の絵画言語によって構成され、観者に「読ませる」ことを要求する。歴史上、複雑な図像学が発達し、「読ませる」絵画が多く誕生したのはマニエリスム(註1)の頃であろうが、フリードリヒの絵の持つ言語性は、マニエリスムの作品に比するものがある。そしてその象徴性は近代の橋渡しになるのだ。私は象徴主義やウィーン世紀末の絵画などの「読ませる」絵画が好きである。
そして、彼の描く絵が美しいことが研究対象となる决め手となった。フリードリヒの絵は視覚的にも魅了させる力がある。造形的なフォーム、冷たく暗いが時として穏やかで暖かな印象を与えるその色彩感覚。私の琴線に触れる作品を残した画家であることに間違いはない。
ー《氷海》、そして「船」
フリードリヒの主たるモチーフには様々なものがあるが、ことに「船」に関しては多くの習作、油彩が残っている。されど一口に船と言っても、帆船、手漕ぎ舟、ヨット、出港する船、寄港する船と様々である。古来より船には図像的意味があったが、フリードリヒの描く「船」の持つ意味内容は作品によってその性格を異にする。その多義性に解明するやりがいを感じた。また船を擁した作品イメージはどれも印象深い。中でも、《広大な囲い地》や《居人生の諸段階》における画面の美しさと船に含蓄された意味内容は私の心を捉えた作品である。ここをもって「船」を一つの軸として研究することに決めた。
しかし最終的に選んだのは、《氷海》における「船」だ。この作品は人によっては辟易させる画面であろうし、研究の軸である「船」は難破して氷山の下に潰されている。中央にそびえるのは圧倒的な「破壊」である。一見するとこの絵画は、死、絶望、挫折などといったネガティブな意味として解釈されてしまうが(長い研究史の中ではネガティブな解釈が支配的だったが)、フリードリヒの込めた意図はそれだけに留まらない。破壊の後のカタルシスとその後に来る希望を少なからず象徴しているである。従ってここに描かれた船はただの破壊の前に無力に果てる人間の象徴では決してないのだ(註2)。このことをより明確に、かつ船というモチーフの切り口の中で示すことが本論文の主たる目的である。
「裏菩薩」という考えがある。これは私の好きな教えの一つであるが、元来菩薩は救いを人々に与えるが、逆に人に別れや死など辛い悲劇をもたらすことで、その後の人間を成長させ、強くし、より豊かな生を与える、という教えである。この考えは、《氷海》の主題に通じるところがある。私も短い人生で何度か挫折を経験したが、この絵画を図版などで眺めることで、こうした前向きな考え方と教訓を与えてくれるようにも思われる。いわばこの絵画の意味内容も私に感動を与えるものなのである。 極端に簡潔に要約すれば、自分という人間が好むところを追求した結果、この学問分野とテーマにたどり着いた。私は情熱を持ってこのテーマに取り組んだことをここに記したい。
C.D.フリードリヒ《氷海》 1823-24年、油彩、ハンブルク絵画館。 |
1 千足伸行氏によってフリードリヒを始めとするドイツロマン主義とマニエリスムの象徴性の上での類似性を論じている。さらに氏は、現代芸術にもその象徴性は受け継がれ、歴史の中で周期的に発言しているとする。(千足伸行『ロマン主義芸術 フリードリヒとその系譜』、美術出版社、1978年、7「マニエリスムーロマン主義ー現代」。)
2 主だった主張はラウトマン(Perter Rautman)によってなされた。学説は分かれるところであるが、私は本論文でこの立場に立つ。
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