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(b)様式と技法
ーセピア画と油彩
フリードリヒは風景こそが人間の信心や感情を鏡のようにうつすものであるという信条を、1803年の《一日の時間》の連作(セピア、1803年、所在不明。)の制作の課程で発展させた。それと同時にセピア画の技法を完成させた。
フリードリヒの油彩による風景画の細部は常に、宗教的、哲学の教条的な意味をなし、象徴的である。しかしながら、彼の作品が賞賛されたのは、内容というよりはむしろ幾何学的な画面構成力やパースペクティブの多様さといったテクニカルな側面であった。絵画の抽象的意味が濃くなるにつれ、二対または複数の絵で相補的に同じ概念を表す傾向を強めた。ドレスデンの工房からの眺め描いたセピア画《アトリエの右側の窓からの眺め》(図版17)と《アトリエの左側の窓からの眺め》の対は、その最も端的な例である。《氷海》と《ヴァッツマン》も二対の関係であったことは先に触れたとおりである。
ー自然模倣の相克
グライフスヴァルトでのクウィストルプからの指導、コペンハーゲン美術アカデミーでの修学、ドレスデンでの活動を通して一貫していたのは、風景に対するミメーシスを保持するということであった。風景画の本質的要素であるミメーシス、つまりあるものをあるものの如く描く、という絵画規律からフリードリヒは逸脱することは無かった。しかし、アカデミーの提唱する風景画の規律を否定し(註40)、同時代のドレスデンの風景画の様相を批判し(註41)、さらには宗教的寓意性に満ちた風景画作品を数多く残したことはフリードリヒのみである(註42)。フリードリヒは人間の感情の発露としての自然を描くために、いくらかの編集・コラージュ・デフォルメを用いて神秘的かつ寓意的な風景画を制作した。
ー二層構成
前景と後景の象徴的な対比はフリードリヒの1806年のリューゲン島の滞在以降の数多くの風景画に見受けられる。 1807年に油彩画を始める前に、象徴的絵画言語と、画面構成の特徴としての景の二項対立―制限された前景と無限の後景、内界と外界、現世と来世の対置―は既に顕現していた。 中景は全く排除され、伝統的な風景画のパースペクティブ・三層構成を否定している。 先にあげた二対の《アトリエの窓からの眺め》にこめられた象徴的意味内容は室内外で2つの世界の隔たりを表している。 暗い室内は同時代の俗世を現し、神聖な天上の王国を現す明るい窓の外側と意図的に対比させられている。 二層構成の作品は、左右対称のモチーフの配置がなされている場合が多い。《テッチェン祭壇画》や《リューゲン島の白亜の断崖》もその端的な例である。
ー象徴的モチーフ
フリードリヒの絵画は象徴的な意味合いの強い絵画言語で構成されている。樫、樅などの植物、船、ゴシック聖堂、墓地、遺跡といった人工物、ふくろうやカラスなどの動物もその範疇に入るであろう。ドイツ装束は先に述べた通りであるが、ゴシック建築もナポレオン時代に対する画家の心情の表れであり、1810年から登場し始め、その例は《教会の見える冬景色》(挿図18)など枚挙に暇がない。ゴシック建築はゲルマン人における理想郷を象徴し、戦争の無い平和時においても主たるモチーフとして残っていった。
しかし彼の絵から象徴的な主題が薄れた時もあった。1824年の病床からの復帰の時、象徴的意味合いを持たない37点の水彩による風景画を制作した。それは後に版画として出版されるはずであったが、実現されなかった。
図版17 C.D.フリードリヒ《アトリエの右側の窓からの眺め》 1805-06年、鉛筆にセピア、ヴィエンナ。 |
図版18 C.D.フリードリヒ《教会の見える冬景色》 1805-06年、鉛筆にセピア、ヴィエンナ。 |
【註釈】
40 ラムドア論争(後述)に端的に表れる。
41 『現存の芸術家と最近逝去した芸術家の作品を主とするコレクションを見ての見解』(註17に同じ)の中で端的に表れる。
42 和泉雅人による論稿『テッチェンの祭団画』に端的な記述がある。「フリードリヒの革命性は、風景画の本質的様相であるミメーシス性を保持しつつも伝統的風景画における自然模倣の方向性を拒否したこと、カールスが先に述べたような前景・中景・後景からなる画面構成のシンタクスの否定となる新たなる可能性の創造、そして風景画による宗教的・寓意的表現を創出した点である。」(和泉雅人『フリードリヒ「テッチェンの祭壇画」』、Keio-Germanistik Jahreschirift、18-40頁、 慶應義塾大学、2003年。)
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